伝統と革新 −ハンゼ・ヨットの歴史−
その昔、北欧での造船業はドイツ北部で最も栄えたハンザ同盟の都市、'Greifswald'でその長い伝統を築いています。人々は何世紀もの間、漁業と船乗り業で生計を立ててきました。彼らの洗練された技能と、代々受け継がれた海に対する情熱で、彼ら熟練工は常に最良質な船を建造したのです。1990年、ドイツが再構築され、私たちはここ'Greifswald'に彼らの伝統を継承しつつ、ヨット建造への熱意を持ってヤードをここに選んだのです。
ドイツが再び統合された時、ミハエル・シュミット(現Hanse社長)は、ハンブルグ近くの'Wedel'で伝統的ではあるが変革をもたらしたヨット建造を始めた。彼のヤードは、レース艇の最先端技術を備えた施設で、軽排水量の「Dusselboot」として知られ、それらは「Pinta」、「Container」そして、「I‐Punkt」など数々の有名なレース艇を築いたのである。これらのプロジェクトの中でも最も有名なのは、1985年に行われた伝説のアドミラズカップに勝利したミハエル・シュミットの「Rubin」だった。これらのヨット構築に関して彼は、以前は未知だった革新的技術の利用と新しい材質を研究し、取り入れた賜物だと。この先駆者としての成功は、すぐに世界の他のブランドでも採用され、現在のヨット構築の新しい基盤を築いたのである。
ミハエル・シュミットは、90年台の前半に新しい挑戦としてGreifswaldの'Vokswerft Stralsund'造船所の一部を買収しました。企業家でもある彼は、新たにヤードの設備に投資し、セイリングヨットの少定量生産をするために近代化を図ったのです。そのことはヨット市場に革新をもたらしたHanse291の誕生となったのです。当時、30フィート近くのヨットが44,444DMという驚異的な価格で打ち出され、ハンブルグのボートショーでは、多くの関係者に衝撃を与えました。
今日、Hanse社は'Greifswald'で素晴らしい成長を遂げ、ニューモデルの開発や大型艇の製造ヤードの建造および最良なヨット建造方法を導入し、ヨーロッパ最大のヨットメーカーのひとつとなったのです。生産能力は毎年上昇し、年間400隻(2003年現在)をも超えるヨットがここGreifswaldで建造されています。我々の成功の根拠は、常に改善、進歩のために向上心を持ち、そして伝統と革新を組み合わせる意志に基づくことです。芸術的な職人技と最新技術、最新のマテリアルさらに、最良の設備を兼ね備えたHanse社は、ドイツ国内のみならず今や国際市場でも確実に前進しています。